マサッチ@四十歳の等身大フリーランス

南アルプス市の山間部に移住。田舎で稼ぐビジネスモデルをコンセプトに日々奮闘中。


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禁止すればなくなるのか?本質を見てますか?虐待死への動き。・・・その後

先日、私が投稿した記事「禁止すればなくなるのか?本質を見てますか?虐待死への動き。」について様々なご意見、ご批判をいただいたのでこちらで私なりにお答えしようと思います。



自分としては、禁止をする前にもっと訴えること・・・即ち変えるべきことがあるのではということ。

昨日、私の目の前で大泣きしている子供(3歳くらい?)のほっぺたを叩いた母親を見ました。

おそらく、子供が危ないことをしたのかなんなのかは定かではないですが、怒られていた。

ほっぺたを叩いてしまう行為は実際、不要だとは思う。

しかし、私も子供を持つ親として「何回言ったらわかるんだ」って気持ちが出ると本気ではなくても手は出ることがあった。

今考えれば、その必要はないことは理解しているし、反省している行為ではあります。

その時は、そんな余裕がなかった。心の余裕がある時など「これからは気をつけようね」で笑顔で子供に言えた。



虐待と言いたければどうぞ。



昨日の親だって暴力で解決できるとは思っていないでしょう。でも、手が出る。

暴力ってなかなか基準を持たせることはできない。

数字などで測れるものでもないし、どこからが虐待なのか。仮に子供が自分でぶつけてアザが腕や足など見えるところにできたら、過剰に反応する人は「虐待」では?と反応するのではないか。反応されるのではないかと。

無実の親も追い込むことになる。

私のいうところはそこ。禁止し、罰則、罰金などを設けても逆に追い込んでしまう心が生まれる。何もやっていないのに。たまたま手が出てしまった程度は虐待などと呼ばないかもしれないけど。

命の危険などがあった時、それが子供でなくても大人の場合でも「バカヤロウ」と本気でひっぱたいたこともある。暴力かもしれないし、古い考えかもしれないけど本気で心配しているからこそ出てしまった手を抑えることなど私はこれからもできるかどうか。

だからこそ、やってしまう側の心のケアや防止につながることは同時に行った上で罰などを考えてほしい。



「少女が親の虐待で命を落とした」事実は変わらない。

教育委員会の対応などの批判もかなりあるだろうが、彼らはその子の問題だけでなく日常起こっている、不登校、ひきこもり・・・などいろいろな問題に対応している。

すごい親もいるようで、教育委員会で働く職員の心のケアはどうするのか?そこも考えなくてはならないと思う。

昨日、ある人に民間レベルで行政に頼らず虐待を子供から守ることができるのか伺ってみたら、基本行政の後ろ盾がある方が良いと言われた。

まー当たり前の答えだった。

それにこの手の問題は、なんでもボランティア的な考えを持つ人がいる。それって無理な話とは思わないか?と思う。

自分の子供でさえ、大変なのに他人の子供を守りそれも無償で。

私にそれだけの財産があるなら心のケアができる専門スタッフや勉強を教えれる人など雇って学校に行けなくなった場合でも勉強を教えることができ、また将来ある子供に心の傷、体の傷が極力残らないようにするケアもできるだろう。

それらをやるとなるとそのスタッフたちの生活も守ることが前提になる。

ここで書いているほとんどが「心」に関係する。



ここで書いた以上に子供一人の命を守るためには多くの人が必要とされる。

それらを整えた上でそれでもというなら禁止でも罰でもすればいいと思う。



今回の事件の加害者の親の心の問題を誰か考えたのか?と思う。我が子を虐待した本当の理由。それは親が置かれていた環境にも原因があるだろうし、それまでの歩みなどにもあったのかもしれない。

どこかのタイミングで親も気づくかもしれない。

我が子を死なせてしまった。もう我が子を抱けない事実。



余談ではあるけれど、ブログを読んでいただいている人は日記など毎日の様子を書いたりしているのだろうか。

私はうつ病になった時などから時折、ノートにその時思ったことをただズラズラと書いている。

このブログも同じようなものだけどそれだけでも、かなり心の不安要素は減る。ぜひ試してほしいです。

また、筋トレもオススメしたい。これだと女性でもできると思う。

今回の虐待だけでなく、心のケアには日記や筋トレなどは本当にオススメします。

実際、私のメンタルを保つのはこの作業を毎日行っているからだと思う。

ぜひ試してほしい。

できないと思わないで自分を信じてやってみてほしい。

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