マサッチ@四十歳の等身大フリーランス

南アルプス市の山間部に移住。田舎で稼ぐビジネスモデルをコンセプトに日々奮闘中。


スポンサードリンク

しつけと虐待の境界線。答えの見えない問題。

f:id:happymoney1031:20190309180945j:plain
昨日、地元の新聞で虐待としつけについて書いてある記事を先ほど読みました。


人それぞれで、違う基準のものを統一できるものであれば、罰則などは有効的手段だと感じます。


交通ルールなどは、まさしく誰もがわかる1つ。


それでも、ルールを破る人は減らず悪質とも思えることがニュースを賑わしている。








ルールは、あくまで基準でしかない。


どうしたら、減らすのか。


やはり、地道に訴えていくしかないのか。


罰則を強化しても、さらに悪質なルール違反が増え、やがてはまた、新たなルールを設ける。


その繰り返しは、やがてその元々の楽しむ感情やそこに生まれる人間ドラマまでも無くしてしまうのではないかと思っている人も多いだろう。


私も、その一人。


「意識を変える」


その取り組みが、成功という言葉で表現して良いかわからないが、いろいろなジャンルで活躍する友人達は、一歩一歩確実に発信している。


それをみると、答えの見えない中でも問題に取り組み、その問題に対して一人でも多く解決してくれるのを望んでいるのだと最近は、感じるようになった。


その声は、どうしたら多くの人に届けられるのか。


また、議論も必要。


先日、「虐待死」について激論?のようなことがあった。


その前では、「不登校」。


問題を抱える親と子供、周囲の環境(人やその地域)行政など様々なところのお互いの言い分。人と人同士なのでどこまで歩み寄れるかわからんくても進めていくことが必要となるのかと思う。


人は生まれてきて、自分勝手だけでは生きていはいけない。


どんなことでも、少数派であろうと多数派であろうと説得できるだけの正論がなくてはならないのかもしれない。


課題は多いが未来のために私もできることをやっていこうと思う。






私としては、その声をより多くの人に届ける手助けをできればと思う。