マサッチ@四十歳の等身大フリーランス

南アルプス市の山間部に移住。田舎で稼ぐビジネスモデルをコンセプトに日々奮闘中。


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怒りはなく、ただただ無感情の時間が過ぎていくだけ

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自分の行動。自分の言葉。そこにどれだけの責任を持っているのか?正直問いかけたい気持ちでいっぱいだ。


でも、それはもうしない。したところで何も解決がしないことがわかった。


要は、考え方の違い。考えることの選択肢にない人に何を言ったところで伝わらない。


これから感じる「不安」もそこに生まれる「怒り」も。


どこにぶつけることもできず、ただただ我慢をするだけ。


ただ、止まることのない世界につながらなかっただけそれは救いだったのかもしれない。


もし、そこへつながっていたらと思うと寒気がする。追い詰めて追い詰めてそれこそ・・・あー怖い。


そこだけは救いだったのかなと思う。


ただ、私と同じ・・・いや、それ以上に悩んでいる人がいることが悔しいし、辛く思い。今日の雨が本当に合うのかもしれない。


「怒り」を抑え、淡々といろいろとやることを冷静を装ってこなしている時間が辛い。なんせ、頭は怒りで支配されてショートしてしまったのかただ、浮かぶ文章を気持ちを少しでも抑えられるならとただ、画面をぼーっと見つめながら打ち込むだけ。


この記事を読んでもメッセージもコメントも要らない。私より辛い人の救いにはならないから。


なぜ人は、自分の言葉に・・・と言っても始まらないか。私は、あまりそこには触れないように最近はしている。言ったところで面倒にしかならない。


そんな人たちは止まることのない世界には足を踏み入れたら、大変辛い思いをするだろうと思う。


止まらないということは逃げれないのだから。ひどければ全てが晒される。なにもかも。


お昼の美味しいお蕎麦の味は思い出すこともできず、もうお腹が空いてぐーぐーとなっていても不思議ではないのにお腹は鳴ることさえせず、喉も乾く感じがない。


ただ時折、心の奥から「今」を逃げちゃえば?と問いかける。逃げてもう良いのか?と言いたくなるけど「逃げろ逃げろ」と言われるだけで何も解決はしないだろうな。と。


一人でいるこの空間の空気もどっか重たく汚れているような気がする。


この1年いろいろなことが変わり。私には「立場」というものがついてきた。


あなたの「立場」からそのことは言ってはいけない。だから、最近は押し殺すことが多くなり、その分、やらなくてはならないことがどんどん増えている。


サードプレイス・・・体を思ってお休みを一度とり考えたのに、そのわずかな間でも増え続ける。


もう、今の自分には体を想うとかそんなことより、それが運命なのだと思っている。


まーそうだよな。人のため、まちのためなどと思って活動し始めた時から自分の体がとか考えとかは捨てるべきことだったのかもしれない。


体の痛みがあったり、おでこに熱を感じることがどこか人間らしさの象徴のようにも感じる。


なんか違うよな。一番悩むことになる人は最近置き去りだよな。車の事故も虐待もいじめも・・・全て。


今の自分は自分ではない。日中までいろいろなことを生み出せるアイデアをどこかに忘れてきてしまったかのように何も生まれず思いだせず。


「自分は何者なのか」


そんな問いを自分に投げかけてしまう。いろいろなことを考えても自分以外はコントロールできないのが正解。


今日だけは、誰とも話はしないでいよう。今だけはここから抜け出し遠くへ行こう。この想いを明日には持って行きたくない。


寒そうだから毛布でも持って出かけよう。できるだけ何も考えずただひたすらに前だけを見よう。










「人ほど残酷な生き物はいない」