マサッチ@41歳の等身大フリーランス

南アルプス市の山間部に移住。田舎で稼ぐビジネスモデルをコンセプトに日々奮闘中。


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必要とされることがこんなに辛い時があるのだろうか?

身体は、水をくれ、食事をくれと正直に訴える。


水は、少しでも飲むけど、食事は何も喉を通らなかった。


寝ることもできず、時間がただただ遅くながれている。


人の前で、笑顔でいることがこんなに辛いと思った日は、いつぶりだろうか。


人に必要とされることがこんなに辛いと感じたのは、いつぶりだろうか。


前に進めと言う私とこのまま、今を悲観している自分とが何度も何度も入れ替わり


私を追い詰めていく。


以前、ブログにも書いたと思うけど過去に自殺未遂をしているから


その時から、死に対して受け入れているため自分が今、死んだとしても何一つ怖くない。


別に死にたがりではない。


生きたいと思う理由が見つからない。あったのかもわからない。


突然、失ったものの大きさに受け入れられず、どうして良いのか立ち尽くしている。


人は、経験があればあるほど


また、性格もあるのだろう。


いろいろな未来の考えで、大方予想がつくと自分の得より相手の得を考えて、本音とは違う行動をとってしまう。


今の私に過去など意味がない。今からが必要。


今からの理由をずっとずっと考えるが見つからない。


この日のために生きてきたわけではない。


未来は、自分で見つけるもの。


だから、今私の前には数日前まであったはずの道が見えなくなり、


崖にいるようにも思える。


見つけなきゃ見つけなきゃと焦るも何も見つからない。


未来を決断する時、する側とそれを強制的に受け入れる側とだと


する側の立場と違い、強制的に受け入れる側とではもちろん覚悟をしていないので


今の私のようになる。


この世は、こんなことばかり。


楽しく暮らす人々を羨み、ただ広い家に一人でいる自分は、重く広がる暗闇に


目を閉じては、胸が痛み、また、目を閉じると過去の楽しい自分を責めては、


今日は、これしなきゃと無理やりスケジュールを入れる。


必要とされることは、ありがたいこと。


必要とされることは、誰もができそうなのにできないらしい。


素晴らしい才能?なのかわからないけど、私は、恵まれた環境なのだとこの一年言われ続けた。


どうしたら、前に進めるだろうか。


どうしたら、笑えるだろうか。


多くの人に必要とされ、支えられているはずの私には今、それが辛く重い。


強くありたい。