マサッチ@四十歳の等身大フリーランス

南アルプス市の山間部に移住。田舎で稼ぐビジネスモデルをコンセプトに日々奮闘中。


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自分と向き合うこと。病と向き合うこと。他者に依存しないこと。

昨日、自分と向き合っていない。病と向き合っていない。他者に依存していると話をされた。


「向き合う」ってどんなこと?っていうところから私は正直わからなかった。


それだけ向き合うことから逃げてきたのだと思う。


先ほど、「自分と向き合う」で検索していたらいろいろと出てきた。


その時に起きた感情について悲しみだったり、怒りだったりした時にどうしてその感情が出てきたのか・・・それはどうしてなのかというところを「深掘りしていく作業。


昨日、私が自分に対しても病に対しても向き合っていないと言われた時。その説明を聞いた時「何故わかってくれない」と悲しくなりました。


自分というところでは最近本を読んだり動画を見たりしていろいろと感情について考えることはしてきたように思えたし、自分を好きになれてきた矢先の出来事で本当に「何故わかってくれない」という悲しみが生まれました。


その「わかってくれない」の悲しみについていろいろと考えてみました。


実は、2回の離婚はこの気持ちが確実にありました。1回目は慣れない農業や未来ある農業に取り組んできた自分が理解されないまま、離婚になってしまったこと。何のために私は農業を頑張ってきたんだと正直思いました。


そして、もう一度の離婚は、自分がこれからの家族のためにと考えていた矢先だったので1回目同様「悲しみ」がありました。今回も同じように感じたし、正直辛いです。


どれをとっても自分が向かう行動や未来の形への取り組みが理解がされなかったことへの悲しみがここにはあったと思います。


では、どうしたら?というところ。


その当時私なりに頑張ってきたことを私は理解されなかったことで拒否されたと正直思っている。人に認められたいという欲求からもあった。一部では農業に関しては、楽しんでやれていた部分もある。だからそれを全てひっくるめて自分はその時その時でやってきたことを否定せずに認めてあげることが大切なことだと思う。


それが「向き合うこと」かなと思う。







病については、正直治療してれば。このご飯食べてれば。この運動していればと他人任せであった上に自分から病についていろいろ調べたりすることはなかった。


病気については、薬のおかげ、食事改善のおかげなどなどいろいろありよくはなっているように見えるけど、実際はそれがどんな作用をして今に至るのか全く考えていない。そこがそもそもの間違いだったことに昨日気づかされた。


要は、睡眠をもう少し取れるようになれば、体もしっかり休まり「健康」という部分が手に入ること。


食事の取り方も。もちろん病についてもしっかりと向き合っていくこと。その病はどうして今自分の体に起きているのか。どうしたらその病は鎮まるのかなどなど。


これも病と向き合うことに加え自分と向き合うことなのかなと思う。






正直、ここ最近。生きたいと思うことやこれをやりたいということはいっぱいできてきた。


だからそんな自分も好きになってきたのだと思うのだけど。もしかしたらその想いにもしっかりと問いかけが必要だったのかもしれない。


何故、それをしたいのか?そういうところなのかもしれない。自分に足りないことは。






こんな自分です。今は生きたいです。本当に。昨日も呼びかけましたが正直いろいろと今、大変です。お金の面とか仕事もできない時もあります。


そこでわがままを承知で支援してくださる方も募集しています。よかったらお願いします。
polca.jp

病の部分での生活費もですが、これを機に独立もしていくことを考えています。どうぞよろしくお願いします。