それでも、咳が毎度のことながら出るだけで大きく体調を崩すこともなく、毎日を楽しく過ごせるのは大変ありがたいと思っている。
食事の改善もかなり変わり、体重も今の所大きな変化を抑えれれている。このままの調子が続けば来月から少しずつ自分で自分の体を大切にするためのメニューへと変化する。
とりあえず、明日と2週間後の検査。結果次第。
そのためにも、体調管理はこれからも気をつけていけたらと思う。
今をしっかりと自分の足で歩くことがすごく大切でそこから未来を考えることも大切。
最近まで、未来ばかり考えて今を全然大切にしていこうと考え行動していなかったことが最近はすごくわかる。
何か大きな変化が自分に起こるってすごく意味のあることだと最近はすごくわかる気がする。
病気についても。人間関係でも何でも。そこにしっかりと向き合うことでそれが何を意味するのかってことがすごくわかる。
病気にしても、以前と比べて恐怖というよりは体のことをしっかりとしるきっかけにもなったし、自分が病気を通していろいろなことに無関心だったこともすごく理解し、今は自ら調べたり実践したりと繰り返し繰り返し、もっとこうしたら、もっとあーしたらと改善を試みれることが良いことに繋がっている。
悪く考えるか。前向きに考えるか。かなり違うんだなって思う。
昨日の話の「想いを具現化(カタチに)する」は昨日、ふと思ったのが私が生まれる前に他界したおじいちゃんから引き継がれた想いかもと思っている。
おじいちゃんは、47歳でこの世を去っているけど。その死因の原因はこの「想いをカタチに」と真っ最中での悲劇だったと聞かされている。
もともとあった家を建て替え、家神さまを移すためにいろいろと庭や石垣の整備途中転落をしてその怪我がきっかけだったようです。
その思いが数年前、私と父、おじさんで山の方にまだある家神さまを今の家に移した。
父とおじさんは「親父のしたかったことを50年経ったけどできた」と泣いていたことを思い出す。
それだけ強い想いがそこにあったのだと感じた。
会ったことのない、おじいちゃんだけどみんなおじいちゃんに似ていると私のことをいう。
今思えば、おじいちゃんはうちの父やおじさんに想いを託しただけでなく、「その時がきたらと抱くことのなかった孫」にも想いを託したのかもしれない。
そう心の中で呟くと自分は何のために生まれてきたのかと勝手ながらもこれなのかなと感じる。
まだ思い出せないこともあるのだろうけど、このようなことはいっぱい私は経験してきたから強く惹かれる考えだと感じる。
今日は、何をカタチにできるか。そんなことを思う今日です。
今日も良い日でありますように。
新しい、ポルカ作りました。よろしくお願いします。
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ポルカに対応できない方がいらしたようなのでこちらも良ければお願いします。
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