マサッチ@四十歳の等身大フリーランス

南アルプス市の山間部に移住。田舎で稼ぐビジネスモデルをコンセプトに日々奮闘中。


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こんな想いを抱えていたんだと気づいた昨日。

昨日というか、ここ1年は私の子どものことを話す機会が多い。


昨日もだけど。私もしっかりと話していなかったかなと思うので今日のブログは子どものことを書きます。


子どもは3人男の子がいます。


養育費は支払っていますが、会っていません。


今は、会うという選択肢は私の中ではありません。成長がわかれば・・・ということはあります。


「会わない」という選択を取っているわけです。


なぜ会わないの?っていう人は多いです。「養育費」払っているんだから!と言われたりもします。


正直、私が面会交流の申請を出せば会えるかもしれないです。でも月に1回とかに会ったところで何を話、何を感じ、会うことを強制された互いの時間にどんな価値があるのかわからないです。


私が逆に子どもだったら・・・。


いきなり父親だって人に会って、何を話したら良いのか?それも毎日会うわけでもない人。信頼関係もない人とどんな時間を過ごせば良いのか?


私は、両側の立場の苦しみを聞いているから尚更、その時間への価値はどんなに考えてもわかりません。


だから、私は「会わない」という選択を取った。その替わりにいつでも子どもたちが探したりできるようにSNSやホームページなどを公開している。


いつかは「会う」時は来るでしょう。そのためにどこにいるかわからない。どんなことをしているのかわからない、よりは目印は残しておく。


それに私は、子どもたちに会う前にやることがある。それは親としてのエゴかもしれない。カッコよくいたいと思うもの。だからまずは自分のために時間を使う。


そこが今、私にとって大切なことです。


「会いたくない」のではないです。「会う」ことへの互いのストレスとその前にやることがある。それだけです。


子どもの成長だけは離婚しても共有したい人は多いんじゃないかな。


そこが理解される社会があるともっと住みやすくなるかなって思う。